皆さんが誰かの行動や言動に影響を与えたいと思う時、何をする？利を語り説得をするか？情を訴え陳情するか？それらは正道であり、なるほど、効果もあるだろう。だが、ここにもうひとつの手段がある。これは邪道である。恐れを突きつけて脅迫するのである。短絡的で強欲で無道の人々はその邪道を用いる事が多い。しかも彼らが狡猾である点は、その脅迫を気づかれぬように偽善の美しい仮面で覆い隠すという事である。無知かつ善良な者は大いにこれに騙されやすい。
例えば、「あなたは病気である、今すぐに治療しなければならない」と言う。当人がまったくの健康状態にあり、何一つの問題が無いにも関わらず、これを言われた者は多かれ少なかれ恐怖に襲われて肝を冷やす。その時、相手はこう言うだろう。「私には治療の方法がある。」すると何の落ち度もないはずの当人は、相手が救世主か何かのように思えてしまい、その救世主の言う通りに無意味な活動に隷属したり、心身の自由と健全な状態を奪われたり、金や時間を浪費したりする。
急にこのような記事を書こうと思ったのは、今年の春先、ガソリンスタンドのエネオスでバッテリー点検をした出来事を思い出したからだ。最初に人当たりの良い若い男性の方が「バッテリーの無料点検をしています」と申し訳なさそうな顔をしてやってきたので、私は特に何も考えずに「それじゃお願いします」と言った。するとその若者はボンネットを開けて何か作業をした後、先輩らしき人物を呼んで深刻そうに何かをボソボソと話し始めた。そして、その先輩が私に声を掛けて、バッテリー診断のレシートを示しながら、「見た事もない低い数値になっている（10V未満）」と説明した。
これこそが恐怖による脅迫の手口、現代社会に多く存在する商業上の悪質なマーケティングではないかと私は考えた。資本主義国家によく見受けられる、「人々にとって不要なものをどのように買わせるか」という悪どい手口だ。規範には反していないが、良識と美徳には反している。
話を続けよう。その人物は「①バッテリーを交換時期」「②普段の自動車の使用状況」「③その他の懸念事項」など、約10項目ほどの質問を続けた。これらの10項目のうち、どれかに当てはまれば「それがバッテリー消耗の原因かもしれません」と結論づけ、「急に走れなくなる事があります」「整備時間は10分と掛かりません」「すぐに交換をお勧めします」という結論に誘導していくのだ。ディズニーシーにある対話式アトラクション「タートルトーク」と同じ手法で、結局は同じ場所（「今すぐここで交換だ」）に行き着くように出来ている。
彼らにとっては残念ながら、私はある程度の範囲においては自分で自動車を整備しているし、バッテリーも新品に換えたばかりであった。上述のタートルトークの質問には全て該当しなかった。もちろん、普段もバッテリー消耗に関連する事象（エンジン起動、エアコン、アイドリング等の不安定化）がまったく見受けられない事もあり、私は「今回は様子見ます」と適当に言ってその場を去った。そして6ヶ月を過ぎた今も、別に問題なく、我が自動車は契丹の白馬のように快適な走りを続けている。
別にエネオスという特定の企業を批判するつもりはない。どこのガソリンスタンドでも似たり寄ったりの営業をしていると私は考えている。「ガソリンスタンドではガソリン以外を買う事なかれ」という基本法則がある。緊急時であればガソリンスタンドで整備をして貰う事もやむ無しだが、それ以外の状況で問題が生じた場合は、自動車整備の専門家であるディーラーや信頼の置ける地元の工場に持ち込んだ方が良いと思われる。
バッテリーぐらいなら大した話ではないが、これは政治に対する姿勢や、人生における重要な選択においても同じ事が言える。「何も問題が無いと感じている状況で、恐怖をもたらしてくる者たち」が目の前にいたら、容易にその人を信用してはならないという事である。もっとも、その人が信頼の置ける人物であり、本当に自分の事を心配して、誠実な親切心や義侠心、あるいは先見の明から利や情に適った諫言（アドバイス）をしているのであれば、聞く耳を持っても良い。これは状況次第としか言いようがない。（例えば、科学的かつ合理的な根拠に基づいて改善や治療を提案しても、耳を閉じて旧態依然の悪癖や悪行を修正しない人もいる。これは欺瞞を見極める賢者ではなく、単なる破滅的な愚者である。）
中国の成語に「闻风丧胆（聞風喪肝）」という言葉がある。風によって肝を冷やす、すなわち「根拠のない噂のせいで恐怖に縛られてしまう」という意味になる。恐怖とは人や社会を操る最大のツールのひとつだが、それは君子が使うべき方法ではない。また君子であれば、これを盲信してはならない。大小を問わず、この世には常に人を食おうとしている虎や狼がいるという事実を我々は忘れてはならない。
※追記：エネオスでの診断の30分後、OBD2型の故障診断機でバッテリー性能を確認した。数値は「12.7v」であった。これは満充電の水準である。まったく、現代社会では誰を信頼して良いのやら…自分の目と頭と心を研磨し続けねばならぬ。
※画像：DALL-E
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