天朗気清、画戲鑑賞

三元論を基軸とした論理学探求の旅路へ

PDの話、千里の道も一歩から、一歩ずつ前へ

Panic Disorder

※注意:心の病に関する話を聞いたり、あるいは実際にその人と触れ合う際、共感性や感受性が強い方は一時的かつ軽度にそれが

感染してしまう事がある。今回の記事は自身の体験に基づく「Panic Disorder(パニック症)」を命題として取り扱うが、あくまでも「他人の物語(ある個別事例の参考情報)」として距離を置いて読んで頂ければと思う。

 

私:2008年から連載が開始された漫画『宇宙兄弟』を簡単に紹介してくれる?

 

ChatGPT:『宇宙兄弟』は2008年に小山宙哉によって連載が開始された日本の漫画です。この作品は、宇宙飛行士を夢見る兄弟、南波六太と弟の南波日々人が中心です。物語は、六太が幼い頃に弟と一緒に月に行くという約束をしたことから始まります。大人になった六太は自動車会社に勤めながらもその夢を忘れず、ある日宇宙飛行士の選抜試験を受けることを決意します。一方で、弟の日々人は既に若くしてNASAの宇宙飛行士として活躍しています。

この漫画は、兄弟の挑戦と成長、そして宇宙に対する夢と冒険をリアルに描き出しており、科学的なリアリズムと深い人間ドラマが交錯しています。多くの読者に感動を与え、宇宙という壮大なステージでの人生の旅を描いた壮大な物語です。

 

私:2015年製作の映画『The Martian(邦題:オデッセイ)』を簡単に紹介してくれる?

 

ChatGPT:『The Martian』は、2015年に公開されたアメリカのSF映画で、日本では『オデッセイ』の邦題で知られています。監督はリドリー・スコット、主演はマット・デイモンが務めています。

物語は、人類の火星探査ミッション中に嵐に遭遇し、火星に置き去りにされた宇宙飛行士のマーク・ワトニー(デイモン)が、限られた資源を使いながら生き延び、地球に帰還しようとするサバイバルストーリーです。NASAや他の宇宙飛行士たちが彼の救出作戦に取り組む中、マークは火星でジャガイモの栽培などを試み、生き残るためのさまざまな工夫を凝らします。

アンディ・ウィアーの同名小説を原作とし、科学的なリアリティに基づいたストーリーと、緊迫感ある展開、そしてユーモアを交えたマークのキャラクターが特徴的です。

 

私:日本の文化人である「長島一茂」を簡単に紹介してくれる?

 

ChatGPT:長島一茂(ながしま かずしげ)は、日本の元プロ野球選手であり、現在はタレント、俳優、スポーツコメンテーターとしても活動しています。彼は日本の野球界のレジェンドである長嶋茂雄の長男としても知られています。

野球選手としては、ヤクルトスワローズ読売ジャイアンツで活躍し、その後、引退後はテレビのスポーツ解説やバラエティ番組に出演するなど、多岐にわたる活動を展開しています。俳優としても映画やドラマに出演し、多才な才能を発揮していることが特徴です。

 

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 通称「PD」、正式名称「Panic Disorder(パニック障害)」。これは実に厄介な精神病だと思う。厚生労働省の文献によれば日本におけるPD(パニック障害)の有病率は1〜3%であるという。また、男性よりも女性に多い傾向があるらしい。私の周囲ですら何名かパニック発作の経験者がいるので、実際には先の統計よりもこの病の因子を抱える者が多いと思われる。(約10%がパニック障害の因子を有するという別の統計もある。)私の三元論から鑑みれば人間の三大本能のひとつである存在欲求が不安定になりがちな現代ならではの精神病だと分析している。

 PD(パニック障害)が何のことだかよく分からないという方も多いかもしれない。欧米系の人には意味が通じやすい印象があるので、どうやら彼らの社会では認識が浸透しているようだ。中国では「恐慌症」という翻訳が当てられているが、今のところそれが何であるのかをすぐに理解した者と出会っていない。先日、私が飛行機内でパニック発作を起こした際、客室乗務員にはこの症状がまったく通じなかった。(彼らはとにかく心臓が悪いのかと理解してくれたようで、私を親切に介抱してくれた。感謝に耐えない。)その後、経由地の香港で急遽ドロップアウトして、カウンターの職員に「次のフライトをキャンセルして荷物を戻して欲しい」とお願いした際は、相手から「あぁ、飛行機が怖くなったんだ?」とにこにこ微笑みながら返事をされた。確かに飛行機という空間に恐怖してしまった発作なので間違いではないが、彼女のそれは正しい認識ではない気がする。中国では一般的な病ではないのかもしれない。

 日本では中川剛、長島一茂、堂本剛、IKKO、星野源といった有名人がパニック障害を告白している事もあり、それなりに認知度が高まっていると言える。PD(パニック障害)とは主に以下のような不具合となる。

 

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<不具合の状況>

何らかの空間や状況が引き金となり(人によってこの条件は大きく異なる)、扁桃体(恐怖を察知する脳の部品)が突発的に暴走状態となる。その脳から「怖い!怖い!」という指令が全身に送られるので、その途端に「このまま死んでしまう!」という著しい恐怖感を覚え、あまりに激しい動悸を筆頭に、吐き気、めまい、息苦しさ、頭痛などが起きる。この恐怖の不具合が起きると立っている事も座っている事も困難となるので、うずくまるか横になるかといった防御姿勢を取らなければならない。不具合は10〜40分程度を目安として、次第に扁桃体が落ち着きを取り戻して平常に戻る。

 

<不具合のその後>

激しい発作が一度起きると、疑似的なPTSDの状態となる。発作の引き金となった空間や状況に入ると、再び扁桃体が不具合を起こしやすくなる。そこでまた発作が起こると、ますますその空間や状況に不具合を起こしやすくなるという悪循環に入る。この悪循環に入ると、発作の引き金となった空間や状況に入らなくても、想像するだけで扁桃体が不具合を起こしやすくなる。パニック発作を起こした者には「スイッチが入りそうな瞬間(扁桃体が暴走するような感覚)」が分かる。そのように想像だけでもそのスイッチが入りそうな状態となるので、できる限りそれを避けようとし始める。これが更に悪化すると完全に対象の空間や状況に臨めなくなってしまう。よって、不具合は「パニック発作」→「予期不安」→「回避行動」→「機能障害」という順番で悪化していく事になる。

 

<不具合の原因>

パニック障害は原因がよく分かっていない。時には再現性がない(特定の環境や状況とは関係なく突発的に起きてしまう)という点が厄介だ。ただし、共通して考えられている原因はある。まずは、生存欲求(食欲・睡眠欲・運動欲)の乱れ。食生活が乱れたり、睡眠が少なかったり、十分な運動がなされていなかったりと、生活環境が乱れがちになると発作の確率が上がる。また、特に脳機能を強制的に覚醒または弛緩させるような飲食(アルコール、カフェイン)や行為(麻薬)などが大きな原因になりやすい。私の場合は生活リズムの乱れやコーヒーの常飲にひとつの原因があると分析している。次は、生存欲求(接触的希求、承認的希求、帰属的希求)による重圧。都市型生活により人工物に囲まれていて人間や動植物との接触が欠けていたり、自分の存在意義を十分に認識できる仕事や活動を出来ていなかったり、所属する組織との間に軋轢があったりする場合、それらのストレスから扁桃体の暴走スイッチが入りやすくなるものと思われる。

 

パニック障害の因子を抱えている人で、どうしてもコーヒーを常飲したいという方はカフェインレスコーヒーを飲むと良い。ノンアルコール飲料のようなものでカフェインによる効果は得られないが、気分的な効果は得られる。スターバックスなどでは通常メニューに数十円を加えると、カフェインを抜いた「デカフェメニュー」を頼める。

 

※後述するPD持病を克服した長島一茂氏の書籍や他文献等を鑑みると、交感神経(活動・集中を持続させるケーブル)と副交感神経(休息・安静を持続させるケーブル)を切り替えるのが扁桃体というスイッチであり、このスイッチが不具合を起こすことでケーブルが混合し、パニック発作が出てしまうのではないかという考えがある。特に副交感神経が稼働している時に交感神経への急激な切り替え(運動・カフェイン等)をする、あるいは交感神経が稼働している時に副交感神経への急激な切り替え(鎮静剤・アルコール等)をすると、扁桃体のスイッチが不安定になりがちとなるという考えである。私の事例は実に一理あると思う。私の場合、緊張を伴う会食(交感神経稼働)などでアルコールを摂取(副交感神経への作用)すると、ほぼ9割の確率で発作が出る。

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 「死んでしまう!」という恐怖と息苦しさは当人にとって本当に辛いもので、これは発作を起こした事のある人にしか分からない感覚だろう。あの逃れられない激しい感情を言葉や物語として説明する事はとても難しい。

 例えば、弁護士を題材としたアメリカの連続ドラマ『Suit』の5シーズンにおいて、著しい重圧にさらされた主人公ハーヴィーがパニック発作を引き起こすという話が盛り込まれたが、そこでは「心臓の鼓動音が大きくなって、ぼやけた視界で息苦しそうにふらふら歩き、トイレで吐いた」といった単発的な描写に限られていた。実際のパニック発作はその後も予期不安や回避行動へと継続的に発展し、彼の状況からすると事務所に入るのも苦しくなってもおかしくはないのだが、その後の描写はほとんどなかった。これだけの症状を鑑みる限りでは、一時的な神経性嘔吐症に見える。そして彼はいつのまにか根性でパニック障害を克服したようだったが、これもまた現実においてはそれほど単純なものではない。

 より丁寧にパニック発作を描いた作品があるとすれば、それは漫画『宇宙兄弟』だろう。ついさっき、私はこの作品にパニック発作の描写があると知って、香港から帰国後に大阪・難波のネットカフェで読み通した。(この香港からの帰国も予期不安に懊悩しながらの飛行機移動であったが、幸い現地の病院で急遽処方して貰ったDIAZEPAM 5mgがあったので助かった。このジアゼバム剤は抗不安、抗痙攣、催眠鎮静の効果のある処方薬であり、摂取から10〜30分後に効き目が出て、効果は4〜6時間継続する。実は搭乗した瞬間に例の扁桃体のスイッチが入りかけて外に逃げ出したいという恐怖に見舞われたが、その衝動は何とかすぐに収まってくれた。)

 GWの恐ろしい人の群れをすり抜けて、難波で読んだ兄・南波六太と弟・南波日々人の宇宙飛行士を題材とした物語。パニック障害を抱えてしまったのは弟の南波日々人。2026年3月、日々人はNASA所属の飛行士としてCES-51の月面調査ミッションに参加。順調にミッションをこなしていくが、飛行士ダミアンとのバギーによるEVA(船外活動)活動中にクレーターに落下してしまう。日々人とダミアンはそこで九死に一生を得て無事に生還するが、それが元で日々人はEVAを想像させる環境と状況に遭遇するとパニック発作が起きるようになってしまう。

 

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<第14巻>

パニック障害の始まり

「心拍数の増加と過呼吸、体温上昇、あと吐き気も訴えています。(ヒビトが)船外服を着ると起こるようで……一種のパニック障害かと」

「帰還するまでヒビトのEVA(船外活動)は禁止させろ。与圧服(船内用の宇宙服)は着れるのか?」

「ええ…今のところ」

「帰還後のヒビトの検査結果ですが…やはり同じ症状が…ただ船外服を着た時にいつでも発作が起こるというわけではなく、来ながらのNBL訓練(水の浮力を利用した無重力環境訓練)を含め危険を伴う状況での緊張が──例の恐怖体験を思い出させ…そして発作に」

 

②プールでの訓練

「いいかヒビト、今回に限っては普段の訓練とは真逆のことを言うぞ?この中を宇宙だと思うな。もちろん月面でもない。ヒューストンにあるご機嫌なただのプールだ。いいな?」

「OK、ジョン、サンキュー」

「(著しいパニック発作がモニターに表示される)…ストップ!中止だ止めろ!中止だ中止!引き上げろ!」

 

③見解

「医師の見解ではヘルメットないでの閉塞感がパニック発作を誘発しているだろうとのことだ。君も知っての通り、月ミッションのクルーには船外活動が必須条件となっている。残念だが日々と、船外活動ができないうちは、君を突きミッションには加えられない」

 

④ロシアに渡る

ヒビトは宇宙飛行士イヴァン・トルストイのもとへ向かう。トルストイはCES-73の月面基地計画に参加した、833日のISS最長滞在記録を持つ伝説的な人物。彼はトルストイ指導のもとでリハビリ訓練に臨むが、数メートル歩くだけでパニック発作に見舞われる。

 

<第15巻>

トルストイの見解

「そこにロシアとアメリカの違いがある。もしロシア人宇宙飛行士が同じ事故に遭っていたら、助かった後あまり間を空けずにすぐにEVAをやるだろう。恐怖体験の後だから相当な恐怖感はあるだろうが、そこでパニックを起こすことはまずない。早いうちに"大丈夫"という実体験を得られれば、次の機会も問題なくEVAができる。ところがヒビチョフ(日々人)は事故後一度もEVAをやっていない。間を開けてしまったのだ。こうなってしまったら今度は逆に、ゆっくり改善していくしかないのだよ。」

 

(※この「恐怖は熱いうちに潰せ」とでも言うようなロシア的な荒療治は、一般的なPD治療の文献や医師の見解などではほとんど見受けられないものだ。ただ、確かにそれが薬剤などの支援を用いて一定の成功を見込めるものであるのなら試す価値はあると思う。私はパニック発作後、香港から日本への帰ってから、すぐに池袋の立教大学近くへと足を運んだ。ここには「ファーストエアライン」という雑居ビル内のコンセプトレストランがある。本来は飛行機の旅行を擬似的に体験しながら食事を楽しめるという場所であるが、私はリハビリ訓練の第一歩としてここを選んだ。"機内"では真剣に実際の飛行機内の閉塞感や発作が起きた時の環境を思い出しながら時間を過ごしたが、薬の支援なく最後まで搭乗することができた。これはひとつの大きな自信となった。)

 

②暗示だけではなく認知行動療法を(トルストイ

「『俺は大丈夫』『EVAぐらい平気だ』、自己暗示で意識を変えようと、何度もそう唱えたのではないか?」

「出来ることから習慣づけないとだめだ。できないものが頭の中で『できる、できる』を連呼したところで、それは何の経験にもならん。」

 

(※ここでは思考だけではなく、行動を行って確実に現実としての「できる」を積み重ねいく認知行動療法の重要性を指摘している。)

 

<第17巻>

①タクシーでも発作

大雨でタクシーに乗っている最中、うとうとして夢の中で急に事故経験を思い出すヒビト。パニック発作を起こし、大雨の中で「ここで下ろしてくれ」と言って外に出て、薬を飲んで唖然とする。

 

②兄弟の会話

「ムッちゃん(兄でJAXAに所属する飛行士の六太)…PDってわかる?Panic Disorder。パニック障害のことだよ。俺、今それなんだよ。」

「動悸と眩暈と窒息巻で…とにかく何もできなくなる。俺の場合…宇宙服を着て密閉状態になるとそんな発作が起こってたんだ。ピンとこないだろうけど、結構辛い…俺今、前線から外されているんだよ」

「いつから?」

「月から地球に帰ってきて、それからずっとだ。」

「でも…PDなんて一番無縁そうなお前が…だって本来ああいうのは俺みたいな繊細な心の持ち主がなりやすいもんだろ。それをお前んような大雑把な人間がなっちまうなんてな…」

「タクシーで発作が出たことで不安になっているだろうけど、俺はそれをきいて少し安心した。宇宙服を着ているかどうかは発作と関係ないってことだろ?子どもんところからの憧れだったじゃねーか。宇宙服は俺らの味方だ。」

 

(※うたた寝をしてからハッと目が覚めた瞬間にパニック発作のスイッチが入りかける現象は、おそらくパニック障害を抱える人たちとって共感できる現象のひとつかもしれない。どのような因果かは不明だが、おそらくはうたた寝からの覚醒の機能が扁桃体と結びついており、その相関性で不具合が付随してしまうのだろう。私も香港から日本への帰国フライトでは目を開け続け、できる限り何も考えないようにし、時間が過ぎるのを落ち着いて待っていた。)

 

<第18巻>

ヒビトがパニック障害を克服した描写がある。

 

<第19巻>

ヒビトは月面ミッションへに向けた検査に合格をするが、上層部は彼を今後前線に関わらせないという判断をする。上層部が「樽いっぱいのワインにスプーン一杯の汚水を注ぐと、それは樽いっぱいの汚水となる」という諺を引き合いに出す。パニック発作は「完治」を明確に証明する事が出来ない。ヒビトは理解を示して状況を受け入れ、NASAを去ってロシアへ向かう。

 

(※中国にも同じような諺として「お粥にネズミの糞が1粒でも入ると台無しになる」というものがある。)

 

<第36巻>

(ヒビトの心中)起きていない。あれ以来(タクシーの時以来)パニック発作は。起きていないのに、不発弾が埋まっているような感じは未だにある。これは一生消えないのかもしれない。内ポケットに不発弾。

 

みんなは俺を受け入れてくれている。そうだよな。俺も…一生消えないなら、受け入れるしかない。内ポケットの不発弾も月につれていく。

 

<第40巻>

ヒビトがパニック障害を乗り越え、ロシアクルーと共に月面ミッションに参加。諸事情から月に取り残されていたJAXA所属の弟・六太と、月面で再会する。

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 パニック障害を抱える者にとってもっとも参考になるのは、第15巻で描かれていた飛行士トルストイによるPD(パニック障害)のリハビリ訓練の描写だろう。彼の理論から言うとPDの治療法は二つある。

 一つ目は荒療治。恐怖体験が予期不安に変わる前の段階ですぐに同じ体験をさせ、それを乗り越えさせる事でその後の悪循環を打ち消しすというもの。先述の私の疑似的な飛行機体験はその荒療治の一環である。そして、二つ目は段階治療。『宇宙兄弟』においてトルストイは、ヒビトにサングラスを掛けて数メートルを歩かせるという成功体験から治療を始めている。一歩ずつ「これなら出来る」を積み重ねていき、徐々にその段階を上げていく事で最終的な根治へと至る認知行動療法である。一般的には後者がPD治療のメインとなっている。

 厚生労働省のPD治療ガイドライン(2016年作成:パニック障害認知行動療法マニュアル)には、PDを引き起こす環境や状況をリスト化し、それぞれの項目に発作を起こしやすい点数を付けることから始めると良いと書かれている。ガイドライン内に例として挙げれている項目は「飛行機」「船」「新幹線」「美容院」「歯科受診」「電車」「自家用車」「タクシー」「バス」「観覧車」「坂道」などだ。その他にも「高い」「匂い」「色」「窓がない」「人が多い」といった特定の五感条件を持つ空間も引き金となる場合が多い。それをできる限り詳しく書き出す事により、リハビリ訓練をしやすくなる。

 このリストは人によってまったく異なるものになるだろう。私の場合は次のような内容となる。

 

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※10点評価中

 

他人との会食(アルコール含む):9〜10点

飛行機:5~6点

真っ白な窓のない部屋:3〜4点

音の反響がない狭い空間:3点

狭く暗くて先の見えない場所23点

タクシー:1点

バス:0~1点

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 PDのリハビリ訓練は、このリストの中間的な点数の行動を少しずつ行っていく。例えば、私は音の反響のない狭い空間に数分間滞在してみる。この空間は様々な候補が考えられる。例えば、コロナ禍後に駅構内などに設置されるようになった時間制の公衆電話ボックスのようなビジネススペース(ステーションボックス)などが候補として考えられる。ここに何度か数分滞在して不安の予兆が起きないと判断できれば、レベルを上げて上位の項目に挑戦していく。不安の予兆を感じた場合は時間や広さなどのレベルを下げていき、それでも不安を感じる場合は下位のリストを試してみる。

 このリストにおいて認知行動療法のリハビリ訓練の対象となるのは、どうしても生活や仕事の上で必要となる空間・環境である。私の場合、他人(社会的距離の遠い人物)と会食する機会はほとんどなく、今後も特にそれを必要としないものと思われる。仮にそうした会食の機会が訪れたとしても、アルコールを飲まなければ問題はない。したがって、上のリストの「他人との会食(アルコール含む)」は別に克服しようとする必要はない。

 もちろん、この療法はひとつの選択に過ぎない。自分にもっとも合うやり方でPDと向かうことが何よりも重要だ。長島一茂さんが実体験としてまとめた『乗るのが怖い ー私のパニック障害克服法-』には、次のような記述がなされている。彼は自分なりの方法でパニックを克服しているようだ。

 

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<第1章>

※1996年、30歳の夏。当時、長島さんは読売ジャイアンツの現役野球選手。めまいとは違う「地震のような世界がグラグラする感覚」があり、激しい息苦しさと過呼吸に襲われた。その後、人生で初めて彼はパニック発作という症状を知った。その後、症状がどんどん悪化して、花火大会、トイレ、自動車、自宅などで起きるようになる。うつや自殺衝動にも悩まされるようになる。

 

・「パニック障害で死んだ人はいない。それだけはとにかく念頭に置いてください。過呼吸が起きても死ぬことは絶対にないですから」と力強く断言してくれた。「そうか、死ぬ事は絶対にないんだな」私は少し安心した。でも、頭のどこかで、<絶対にないと言われても、じゃあ、発作の時のあの死にそうな気持ちっていうのはいったい何なんだろう?>という疑問は、残念ながら払拭しきれなかったのである。

・この頃に鳥取から東京への帰着便、乗る寸前に「これ、行きと同じかな、飛行機、狭くないか?この飛行機狭い」と感じた。私はちょうどキャビンアテンダントの前に座っていて、キャビンアテンダントの後ろがドアで。そこがしゅーっと閉まっていくのが見えた瞬間、ニューオータニのレストランのトイレでの感覚が蘇ってきたのだ。「狭い。空気が薄い」とにかく冷や汗が出てきて、「ヤバい。俺、この飛行機降りなきゃ。乗ってられないわ」と思うのだが、それは言えない。「普通の人間が出来ないことを俺はやるんだ。強くなきゃいけない」そんなふうに思っていたから、「気分が悪いんで降ろしてくれ」なんて、口が裂けても言えない。しかし、言えないとなったら、ますます苦しくなる。「ヤバい、どうしよう。ここままじゃ離陸しちゃう。空の上に行ったら俺は死ぬかもしんれない。どうしよう」そして、また過呼吸症候群の発作が襲ってきた。「ほんとにヤバい」カバンからボールペンを取り出し、思い切り、腕の内側に押しつけた。穴が開くぐらい。シートベルトサインが消えたらトイレに駆け込んで、エチケット袋を持って呼吸。30〜40分しか続かない。30分後には、かなり収まった間価格があった。腕にボールペンを挿しながら羽田空港まで耐えた。しかし、空港に降りた瞬間に、私はこう思ったのである。「ああ、俺は飛行機ものれなくなっちまった」そしてこの時から、私の長くて辛い飛行機恐怖が始まったのである。

 

※野球選手として戦力外通告を受けた後、ファッションショーを経てテレビの世界から声が掛かる。新鮮で環境の違うテレビ出演をするようになり、環境が変わった事や「自分をケアしよう」という意識を持ち始めた事で、次第に症状が改善していく。だが、油断によって再び発作が悪化し始める。

 

スーパーJ チャンネル(スポーツ番組)のリポーター。タイガー・ウッズの取材。ワシントンへ精神安定剤を飲んで決死の思いで渡航。何とか乗れて、少しずつ前が見えてきた。

・新鮮で刺激にあふれた世界。テレビ番組の効果。不規則な生活に入りかけたが、深夜収録後に酒と焼肉を食べた際にまた発作予兆が出て、これを諦めた。「不規則な生活」「バリバリ仕事をする」の諦めを受け入れた。

・しかし、2000年、シドニーオリンピック開催年、連続ドラマ『オードリー』での役者起用後、新幹線を多様するようになり、本当は台本でも読みたいところなのだけれど、疲れているから寝てしまう。寝ている時は症状は出ない。ただ、パッと起きて「あれ、俺は今どこに向かっているのかな」みたいなことを考えて、すぐに出てこないと、もう大変だ。心臓はバクバクし始め、頭の中はパニック寸前となる。そこで仕方なく、新幹線に乗る時も、精神安定剤が必要になってしまった。

・『逮捕しちゃうぞ』後、九州の温泉地に旅行。新幹線の扉が閉まった瞬間に<ふらふらッ>と来て、「ヤバい、降りなきゃ」という感じになった。しかし、降りなきゃといったって、閉まっちゃったものは降りられない。しかも、間の悪いことに、新幹線は小倉を過ぎて、これまたパニック障害には天敵の長い暗いトンネルに入ってしまった「苦しい、もう、だめだ」追い詰められた私は席をたち、車内を必死に歩き始めた。これまでの経験から、「パニック発作には、気分転換、つまり気を紛らわせることが肝心だ。そのためには、伸びをしたりして姿勢を変えたり、っさらには、歩ける時にはできるだけ歩いて、場所を変えることはが、かなり有効だ」と学んでいたからだ。そして、たしかにこれは聞いた。そにかく車内を歩いて木を真倉わせる。じっとしていては余計にパニックになってしまうので、不審に思われないに気をつけながらも、とにかくひたるら歩く。そして落ち着いてきたら、できるだけ早く寝てしまう。新幹線に限らず、飛行機でも。それが、私なりに編み出した「乗り物系のパニック発作」をやり過ごすコツなのである。

 

<第2〜3章>

※長島さんは文献や医師との対話を重ねながら、自分なりにもっともPDの発作を抑制する方法を編み出した。これは長島さんが個人として効果のあった手法である。

 

・「いろいろなものが供給過多で、それによってどんどん心のバランスが取れなくなってしまっている」という状況が自分にとってもPDを引き起こす要因になっていると考え、「孤独な時間を作る(自分に目を向けて労ってあげる、自分だけの時間と空間を作る)」事にした。

・「断食」「素食」「弱さを受け入れる」「死の恐怖に慣れる」「早寝早起き(どんなに忙しくても週3回は夜10時に寝て朝6時に起きる)」「朝日を浴びて軽いウォーキング」「身体を温める」「カフェイン、炭酸、アルコールを控える」「ゆっくり吐いて、ゆっくり吸う呼吸」等。

・「さらに、もっと生理的で具体的な対処法もある。飛行機でも電車でも、まずは、乗る前に水分をとっておき、わざとトイレを我慢して、乗ったらすぐにトイレに行くこと。乗り物恐怖の人間にとって、ドアが閉まる瞬間が一番いやなのだから。それをみないようにするのだ。ちなみに、トイレを我慢することには、もうひとつ大きなメリットがある。それは、緊張とリラックスの関係を利用できるということだ。人間の緊張とリラックスは実は表裏一体だから、思い切り緊張すれば、リラックス状態に入りやすくなる。それを乗り物にも応用するのである。ドアが閉まると、閉じ込められるということで緊張感が高まる。トイレを我慢するとさらに緊張感が高まる。それで、トイレに行って要を足すと、すっきりするから、今度はリラックス状態に入りやすくなる。つまりは、パニックを回避しやすくなる。」

 

<第4章>

※PDによって人生が良い方向に変わったと前向きに捉えている。

 

・「パニック障害は自分で治すもの」「パニック障害は人生を見つめ直す絶好の機会だ」

・「薬に頼ると確かに助けにはなるが、根本的には完治をしない」「薬に頼らない、元の自然な状態に戻してあげる」

・「したたかに自分を甘やかす」「自分の中で『まぁいいや、だいたいで』という適度な余裕を持つようにする」

・「ハワイ=自然、そこで何もしない時間を作ってフラットな自分に戻す」「都市で生活している時は、時々、空など遠いところを見るようにする」

・「なるべく携帯を切る(見ない)」

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 どのような方法であるにせよ、PDと向き合うことになった私たちがやるべきことは、「一歩ずつ進むこと」だ。そこに近道はない。「これが良い」「これならできる」を積み重ねていって、もしそこで躓くならいったん立ち止まり、自分の「できる場所」に戻る。そこから再び、地道に前へ進んでいく。あらゆる人間の活動に言える堅実な理論であるが、PD治療では特にその「一歩ずつ進む」を重要視するべきだ。

 火星にひとり取り残されてしまった飛行士マークの生還劇を描く、リドリー・スコット監督、俳優マット・デイモン主演の映画『The Martian(邦題:オデッセイ)』のラストラインに、次の台詞がある。

 

"At some point, everything's gonna go south on you... everything's going to go south and you're going to say, this is it. This is how I end. Now you can either accept that, or you can get to work. That's all it is. You just begin. You do the math. You solve one problem... and you solve the next one... and then the next. And If you solve enough problems, you get to come home. "

「何もかもが上手く行かなくなる時がある…全てがうまく行かなくなって、これで終わりだと思うだろう。これで自分の終わりだと。その時、受け入れるか、仕事を始めるかのどちらかだ。それだけのことだ。始めるんだ。計算をして、問題をひとつ解決して…次の問題を解決して…そして次の問題を解決していく…それを積み重ねていって、十分に多くの問題を解決すれば、家に帰ることができる。そういうことさ。」

 

※画像:DALL-E

※追記:ちょうど私がパニック発作を起こしたのと同じ日に、上海の高速道路上でタクシーから女性の乗客が転げ落ちるというニュースが報じられた。場所は中央高架高速道路の内環にある金秀路の出口付近。タクシー運転手の楊さん(女性、54歳)が乗客の張さん(女性、34歳)を浦東空港まで運んでいる際、急にその張さんから「ここですぐに停止して欲しい」と頼まれたらしい。楊さんがそれは無理だと否定すると、彼女は自らドアを開けて道路上に飛び降りたのだという。幸いにも命に別状はなく、軽傷で済んだ。死の恐怖のあまりに今すぐに環境や状況を変えなければならないという衝動に駆られる事象は、パニック発作の様子によく似ている。続報が無いので真偽については不明だが、おそらく彼女はそこで重度のパニック発作を引き起こした可能性がある。働き盛りの人間に起きやすい現代病。予兆を感じたら、すぐに医師に相談して薬の処方と認知行動療法の開始をお勧めする。そして進むのだ。一歩ずつ。

 

作品紹介

 

著作紹介("佑中字"名義作品)
呑気好亭 華南夢録

呑気好亭 華南夢録

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