天朗気清、画戲鑑賞

三元論を基軸とした論理学探求の旅路へ

【機胡録(水滸伝+α)制作メモ 028】解宝

解宝

※補足1:生成画像は全てDALL-E(Ver.4o)を利用している。

※補足2:メモ情報は百度百科及び中国の関連文献等を整理したものである。

※補足3:主要な固有名詞は日本訓読みと中国拼音を各箇所に当てている。

 

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水滸伝水滸伝/shuǐ hǔ zhuàn)』の概要とあらすじ:中国の明王朝の時代に編纂された、宋王朝の時代を題材とした歴史エンターテイメント物語。政治腐敗によって疲弊した社会の中で、様々な才能・良識・美徳を有する英傑たちが数奇な運命に導かれながら続々と梁山泊(りょうざんぱく/liáng shān bó:山東省西部)に結集。この集団が各地の勢力と対峙しながら、やがて宋江(そうこう/sòng jiāng)を指導者とした108名の頭目を主軸とする数万人規模の勢力へと成長。宋王朝との衝突後に招安(しょうあん/zhāo ān:罪の帳消しと王朝軍への帰属)を受けた後、国内の反乱分子や国外の異民族の制圧に繰り出す。『水滸伝』は一種の悲劇性を帯びた物語として幕を閉じる。物語が爆発的な人気を博した事から、別の作者による様々な続編も製作された。例えば、『水滸後伝(すいここうでん/shuǐ hǔ hòu zhuàn)』は梁山泊軍の生存者に焦点を当てた快刀乱麻の活劇を、『蕩寇志(とうこうし/dàng kòu zhì)』は朝廷側に焦点を当てた梁山泊軍壊滅の悲劇を描いた。

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解宝(かいほう/xiè bǎo)

 

<三元論に基づく個性判定>

47番 **弱い生存欲求**、**とても弱い知的欲求**、**弱い存在欲求** - **「シンプルな生存者」** - 自分の欲求に従ってシンプルに生きる。

 

<概要>

あだ名は「双尾蠍(二つ頭のサソリ)」。もともと登州の猟師の家庭で生まれ、幼い頃に両親を亡くし、兄の解珍(かいちん/xiè zhēn)と共に漁師として生計を立てた。その後、兄の解珍と共に役人から任じられた虎狩りをしていた所、地主の毛太公に陥れられて投獄された。死刑囚となった無実の解兄弟を助けるべく、親戚関係にある顧大嫂(こだいそう/gù dà sǎo)が動き、顧大嫂の夫である孫新(そんしん/sūn xīn)、孫新の兄である孫立(そんりつ/sūn lì)、孫立の妻の弟である楽和(がくわ/lè hé)、縁戚関係の鄒淵(すうえん/chú yuān)、鄒潤(すうじゅん/chú rùn)が脱獄作戦を実行。この事件をきっかけとして8名全員がお尋ね者となり、梁山泊勢力への帰順を決心した。梁山泊勢力に百八人の英傑たちが結集した際、彼は序列第35位に定まり、歩兵隊長を担った。その後も戦地で活躍したが、最終戦となる方臘(ほうろう/fāng là)の征伐戦において、烏龍嶺の戦いの中で絶命した。戦後、朝廷は彼に忠武郎の称号を追贈した。

 

<虎とのトラブル>

現代世界の動物園ではすっかり「でっかい猫ちゃん」状態になってのんびりしている虎だが、もともとは「百獣の王」として人々から恐れられていた猛獣だった。戦国時代に編纂された『穆天子傳』は紀元前10世紀頃の周王朝における穆王(ぼくおう/mù wáng)の西域親征(皇帝自らが戦地に赴いて敵の征伐を行う軍事行動)を記録した文献であり、ここに穆王の部下が捕らえた虎を宮中で飼うようになったという逸話が早々に登場している。後に、彼らが虎を飼っていた場所が「虎牢関」と呼ばれるようになった。また、先秦の文献にも「云从龙,风从虎(雲は龍に従い、風は虎に従う)」という言葉が見受けられる。龍に呼応する動物が虎だという関係性が示されている。また『礼記』には我々日本人もよく知る次の逸話がある。

 

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孔子过泰山侧,有妇人哭于墓者而哀。夫子式而听之。使子贡问之曰:“子之哭也,一似重有忧者。”而曰:“然。昔者吾舅死于虎,吾夫又死焉,今吾子又死焉。”夫子曰:“何为不去也?”曰:“无苛政。”夫子曰:“小子识之:苛政猛于虎也!”

孔子たちの一行が泰山のふもとを通り過ぎると、一人の女性が墓で悲しげに泣いていた。彼らは車を止め、その泣き声に耳を傾けました。孔子が弟子の子貢に泣いている理由を尋ねさせました。子貢が「あなたの泣き方は、特に深い悲しみがあるように思えますが、何があったのですか?」と聞くと、女性はこう答えた。「そうです。以前、私の舅が虎に殺され、夫もまた同じく虎に殺され、今では私の子も虎に殺されました。」それを聞いて、孔子が言いました。「そこまで悲惨な被害を受けているのに、なぜここを離れないのですか?」女性は答えました。「苛政(腐敗した恐怖政治)がないからです。」これを聞いて、孔子が弟子たちに言いました。「みな、覚えておくように。苛政は虎よりも猛悪なのだということだ。」

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こうして古書を紐解いてみても、当時から中華世界において虎という存在が威厳と脅威を象徴する動物であった事が伺える。実際、中国大陸は世界最大の虎の生息地であり、古代から20世紀に至るまでアムールトラ、南中国トラ、ベンガルトラインドシナトラ、新疆トラなどの9種のトラが森林地帯を中心に活発に行動していた。猛獣なので、人間との共存は不可能。普段はお互いの生活領域に近づかないようにしていたが、それでもやはり人間が仕事や移動をする際に遭遇して衝突が起き、先ほどの泰山の話のように人が殺されてしまう事件も起きていた。そこで現代の日本が町中に降りて人に害をなす熊を退治するように、北宋王朝でも地方政府が凶暴な虎を退治する取り組みが行われていた。今回の弟・解宝と兄・解珍の猟師たちは登州の長官からその虎退治の任務を命じられ、猶予期間は三日間だった。

 

※20世紀以降、人間の爆発的な人口増加と生活圏の拡大により「虎害(虎との衝突)」が飛躍的に起こるようになり、人間側は大規模な捕殺と生息地の破壊を実行しなければならなかった。これにより、中国大陸では瞬く間に虎の個体数が減少。1970年代に入ると、中国全土における野生の華南虎の個体数は100頭ほどしかいなくなってしまったという。

※人間のエゴによる他種族の絶滅という倫理問題は、ここ半世紀でもっとも話し合われている国際的な議題のひとつであり、また話し合いで終わってしまって具体的な対策の合意に至らない議題のひとつでもある。どの生物も生存欲求を満たすように創られている関係上、人間もまたよりよく生き残る為には他の種族の領域を犯さねばならない。一例として、1952年には湖南省の耒陽県だけで120名が虎に襲われて死亡している。こうして中国の多くの地域で「打虎隊」が組織された。市民たちは生存欲求を守る為に積極的な虎狩りを行わねばならなかった。

 

<理解に苦しむ毛太公の行動>

水滸伝』で通称「登州派」と呼ばれる孫立・孫新・楽和・顧大嫂・解宝・解珍・鄒淵・鄒潤の計8名は、全員が地主の毛太公による冤罪事件(無実の解宝・解珍を死刑囚にした事件)に関わっている。私の印象からすると、この毛太公が起こした事件の根拠が少々強引であるように感じる。まずは先述の通り、登州の知府(長官)が城外の山に虎が出没するという噂を聞き、州内の猟師たちに三日以内の虎退治を命じた点から話が始まる。解兄弟は山中で罠を仕掛け、三日目の夜明けに虎を捕獲する事に成功しかけたが、毒矢を受けた虎は逃げて地主の毛太公の庭に逃げ込んでしまった。解兄弟は毛太公の屋敷の門を叩き、理由を述べて庭に逃げ落ちた虎を引き取らせて頂きたいと願ったが、相手はのらくらと話をかわした後、急に兄弟を騙し捕らえようとする。どういう訳か、生活にはまったく困っていないように見える毛太公とその家族らが、この虎の恩賞を独り占めしようと企んだのだ。これによって解兄弟たちは激怒して毛家を襲撃し、州府に訴えようとしたが、逆に捕まって虚偽の罪で死刑囚になってしまった。この牢獄の管理をしていた楽和(がくわ/lè hé)が親戚の顧大嫂(こだいそう/gù dà sǎo)に知らせた事から解兄弟の救出作戦が遂行されたのだが、よく考えてみても、そこまで毛太公が(彼らにとってみれば)わずかな虎退治の恩賞に固執した理由がよく分からない。解兄弟との個別的な確執も見受けられないので、どうにもこの物語の展開が強引に感じる。

 

<改修するとしたら>

この強引な展開を改修するとしたら、毛太公の家族か親族か、あるいは知人かが、この人喰い虎によって犠牲になったという逸話を挟むべきかもしれない。それゆえに、彼は復讐の念に燃えて、虎が自宅の庭に舞い込んできた僥倖を絶対に逃さず、解兄弟たちの引き取りの相談を断固として断ったのである。これであれば話と人間の関係性がしなやかに繋がるようになるが、その改修のスイッチを押すと今度は新しく解兄弟の視野の狭さや良識のなさが気になってしまう。毛太公が上述の話をして猟師兄弟を説得するのであれば、当然「虎の恩賞金分を我々が支払う」という打診を行うだろう。兄弟側が、その毛太公の提示した条件を断って激怒する意味は特にない。よって、ここでは彼らにも同じ理由が必要となる。解兄弟の両親は早くから死去しているが、その原因については明示されていない。彼らの両親も虎の襲撃による被害によって他界したという改修を行えば、ここに毛太公と解兄弟の強烈な対立関係が生み出される。虎は毛太公にとっても、解兄弟にとっても許し難き仇敵であり、どちらも良識と美徳に基づいて妥協する訳にはいかない。こうなれば、その後の激しい両者の対立構造にしっかりとした根拠が示される事になる。

 

※これは「敵の敵は味方になるか?」という命題に対するひとつの事例にもなり得る。架空の話としてはアガサ・クリスティ推理小説オリエント急行殺人事件』において、ひとりの悪人に恨みを持つ全員が協力して復讐殺人を犯すという物語が描かれた。近代史においては日本軍に抵抗する為に、内乱状態にあった中国の共産党と国民党が協力して抗日戦争を展開した。江戸幕府に対抗し、長年の敵対関係にあった薩摩藩長州藩が手を結んだという出来事もある。有事において共通の強大な敵がいる時、人は平時において敵とみなしている存在と協力関係を築く事が多いのである。しかし、上述の改修を適用した場合、毛太公と解兄弟の虎事件はその真逆となる。人間の本能(生存欲求・知的欲求・存在欲求)に基づいて発生する対立・衝突・分断の法則の事例として興味深い。

 

<原型と評価>

南宋初期、済州には同名となる山賊の解宝が実在しており、後に韓世忠(かんせいちゅう/hán shì zhōng:以前の記事で取り上げた女傑の猛将、梁紅玉の夫)によって同勢力が鎮圧されている。『水滸伝』の解宝はこの実在の人物を原型とした可能性が挙げられている。また、宋元時代の龔開による『宋江三十六人賛』には彼の名が上がっており、その賛詞には「医師用蝎,其体実全。反其常性,雷公汝嫌(※後述参照)」とある。もう一つの『水滸伝』の原型とされる『大宋宣和遺事』には解宝の名前は記載されていない。

 

<あだ名の由来と所感>

解兄弟は毒(獰猛さ)と薬(純粋さ)の両面を持つ猟師だ。ここに彼らのあだ名の秘密が隠れている。『宋江三十六人賛』に記された解宝の賛詞である「医師用蝎,其体実全。反其常性,雷公汝嫌」は「医師はサソリの猛毒を良薬とする。雷公はその猛毒と良薬の相反する性質を制する。」という意味になる。雷公は中医薬の伝統において薬を司る神。医師も雷公も、サソリの毒が風湿をはらう良薬になる事を知っている。解宝には敵対者を徹底的に排除しようという獰猛さと、美徳のある者たち(梁山泊勢力)に従順となり益をもたらす純粋さがあるという事になる。この両面性が、あだ名の「双尾蠍(二つ頭のサソリ)

」に繋がっていると考えられる。

 

※説によっては、ただ「二倍の猛毒を持つような凶暴な人物」と考えるものもある。清代の王開沃による『水滸伝補注』で引用された『墨憨斋笑録』には、徐州や邳州では尾に二つの鉤を持つサソリが存在したらしく、左の鉤で刺されると全身が痛み、右の鉤で刺されると半身が痛んだそうだ。また、元の雑劇では、二頭蛇と双尾蠍が対になって登場することが多い。例えば、関漢卿の『邓夫人苦痛哭存孝』では「一つは康君立、双尾蠍骨髄に侵入す;一つは李存信、二頭蛇のように讒言を吐く」とあり、楊景賢の『馬丹陽度脱劉行首』では「彼の母親は双尾蠍のように残酷で、心は二頭蛇のように毒がある」と記述されている。このように「二倍の獰猛さ」だけをクローズアップした説もあるが、先ほどの賛詞の件をよく解読すると、やはり「二面の精神性」を示しているように感じられる。

※他の説としては、解珍と解宝のあだ名が使用した武器の浑鉄点鋼叉(鉄製の農具のスキのような武器)に由来しているとするものもある。それは武器を毒蛇や毒蠍に例えることで、彼らの技量と手段の残酷さを強調しているという見解だ。しかし、やはりこれも私の所感とは異なる。

 

<三元論に基づく特殊技能>

※上述の改修事項を想定する。

 

#### 兄弟の契り(具術)

**説明**: 解宝は、兄弟で連携して行動することにより体術全般の能力を向上させる能力「兄弟の契り」を持っている。この具術は、兄弟との強い絆と協力によって、戦闘やその他の身体的な活動において優れた行動性を発揮する。

- **効果**:

  - **道具性(中程度)**: この具術は、兄弟との連携に依存し、協力することでその効果を最大限に発揮する。

  - **思考性(中程度)**: 兄弟との協力を効果的に行うためには、高い会話能力と戦術的思考が必要。

  - **関係性(とても濃い)**: 解宝の具術は、兄弟との絆を強化し、共同での行動を通じて成功の確率を高める。

 

#### 毒以薬成(心術)

**説明**: 解宝は、美徳ある者に従うことで獰猛な行動原理が反転し、ずば抜けて良質な人間として組織に貢献できる能力「毒以薬成」を持っている。この心術は、彼の内なる力と倫理的な指導に基づき、自己改善と貢献を促進する。

- **効果**:

  - **道具性(なし)**: この心術は、道具に依存せず、解宝の精神的な力と指導を受ける能力に基づく。

  - **思考性(中程度)**: 自己改善と貢献を効果的に行うためには、高い自己認識と倫理的思考が必要。

  - **関係性(とても濃い)**: 解宝の心術は、優れた指導者との関係を強化し、組織全体に対する貢献を高める。

 

#### 具体的な使用例:

  1. **兄弟連携**: 解宝は、兄弟と共に行動することで、戦闘やその他の身体的な活動において優れた行動性を発揮する。
  2. **美徳の従事**: 解宝は、美徳ある指導者に従うことで、自身の獰猛な本能を制御し、組織に対して積極的に貢献する。

 

※画像:DALL-E

 

作品紹介

 

著作紹介("佑中字"名義作品)
呑気好亭 華南夢録

呑気好亭 華南夢録

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