天朗気清、画戲鑑賞

三元論を基軸とした論理学探求の旅路へ

余談:『西遊記 1986』の興味深い中国語メモ3

※補足1:画像は動画共有プラットフォーム「BliBli」で公開されている中国ドラマ『西游记(1986年製作)』より引用

※補足2:各単語のカッコ内に発音のカタカナ表記を記載するが、カタカナでは正確な中国語の発音を再現できない為、あくまでイメージとしての記載に留まる。

 

①得令(デーリン/dé lìng)、小小(シャオシャオ/xiǎo xiǎo)

 

トップ画像は托塔李天王の配下に属する天神戦将、巨灵神(巨霊神)が玉帝の孫悟空討伐の命令を受けて「得令(デーリン/dé lìng)」と答える場面。続く上の画像は地上の花果山に降りて、孫悟空の前で「お前を成敗する」と豪語する場面だ。

 

「小小弼马温」は「ちっぽけな馬飼い野郎」というニュアンス。つい先ほどまで天界にいた孫悟空が馬飼いの管理人職(弼马温/弼馬温)に就いていたので、これを「小小(ちっぽけ、こっぱ、取るに足らん)」と罵っている。この結末が散々な敗北だという事が分かっているので、bilibiliの字幕の中に「アブねぇぞ、巨灵神」と茶化すコメントが散見しているのが面白い。

 

「得令(デーリン/dé lìng)」は「命令を遵守します」という意味で用いられる表現。『水滸伝』では、例えば第六十九回に「韓滔 得令,手执铁槊,直取 董平(韓滔は命令を受け、鉄の槍を手にして、まっすぐ董平に向かって突き進んだ)」という文章がある。

 

※現在、時間の隙間に少しずつプレイを始めたアクションRPGゲーム『黒神話:悟空』のプロローグシーンにも、この巨灵神らしき神が登場している。ちなみに私は推奨スペックを全く満たしていないパソコン(CPU:i7-4970K、GPU:GTX1060 3GB)でプレイしているのだが、ひとまず問題なく動いている。映像にはさすがに粗があるが、今の所、ゲーム操作で困る場面はない。

 

※もう少し先の場面で、天界の軍師である太白金星も「小小妖猴(ちっぽけな妖猿)」と孫悟空の事を揶揄している。「所詮はちっぽけな猿なんですから、名ばかりの位を与えて自由にさせておけば良いのです。それで太平が保たれます。」と玉帝に諌言をしている。

 

②在(ザイ/zài)!

 

中国語の「在(ザイ/zài)」は、①「他在家里。(彼は家にいる。)」といった具合の存在を示す動詞、②「我在看书。(私は本を読んでいる。)」といった同士の前につける現在進行形を示す表現、③「我们在学校学习。(私たちは学校で勉強している。)」のように動作や出来事が起こっている場所を示す表現など、かなり広い範囲の応用力がある。

 

ただ、上の場面のように、中国大河ドラマなどでは「在(ザイ/zài)!」という一言の台詞が示される事がある。ここでは「哪吒我儿听令(哪吒よ、我が子よ、命令を聞きなさい。)」という声に応じて、哪吒(ナタ/nǎ zhā)が「はい、ここにおります!(=かしこまりました!)」という意味で「在(ザイ/zài)!」と答えている。日本の時代劇感覚では「は!」とか、「は!ここに!」といった表現が近い。

 

ちなみに、哪吒は天界の子供の神将。美しい少年の姿をしており、托塔天王・李靖の末っ子であるため、「哪吒三太子」とも呼ばれている。激しく勇敢な性格を持ち、孫悟空と同じぐらいの暴れん坊。兄は如来仏祖の護法である金吒と、観世音菩薩の弟子である木叉。また妹に李貞英が、義理の妹には地涌夫人(金鼻白毛老鼠精)がいる。

 

哪吒は古くから仏教の神として知られている存在。唐代の仏教経典には、哪吒は長戟と宝塔を持ち、豪華な戦甲を着た威厳ある護法の軍神として記されている。よって、『西遊記』に限らず、様々な設定で多彩な物語や文献に登場をしている。例えば『西遊記』と同時代に書かれた『封神演義』で、彼は主要な登場人物のひとりだ。『水滸伝』では芒碭山(ぼうとうざん/máng dàng shān)の山賊頭領のひとりである項充(こうじゅう/xiàng chōng)のあだ名が「八臂哪吒」である。

 

③遵命(ツンミン/zūn mìng)!

 

前の記事で取り上げた「遵旨(ツンチー/zūn zhǐ)!」と同じく、目上の者からの命令を承諾したという意図を示す儀礼的な相槌である。同じような場面で使われているのでどちらを使っても問題なさそうに思えるのだが、厳密には用途が違うようだ。

 

「遵旨(ツンチー/zūn zhǐ)」が使えるのは非常に権威の高い人物、皇帝や皇族から直接指示を受けた際に用いる。そこで「遵命(ツンミン/zūn mìng)」を用いる事は非礼に当たる。「遵命(ツンミン/zūn mìng)」はそこまで権威を意識せずに広く用いる事が出来る。ただし皇帝から命令を受けた場合は「遵旨(ツンチー/zūn zhǐ)」が妥当。この場面では、哪吒が父親の托塔天王・李靖から「すぐに巨灵神の援護に向かいなさい」と言われているので、「遵命(ツンミン/zūn mìng)」で答えている。

 

※中国最大手のSNSサービス「Wechat(微信)」のステッカーの一例。実に可愛い。

 

④怎么(ツェマ/zěn me)?!

 

天界で気の向くままに暮らしていた孫悟空だが、西王母蟠桃園(ばんとうえん/pán táo yuán)で催す神々の食事会に、自分が呼ばれていない事に激怒。そこで宴に乱入し、仙酒・仙食・仙丹を食い漁って、そのまま「もうこんな場所に用はねぇぜ」と地上の花果山に戻ってしまう。上の場面は、孫悟空がこの宴の為に来訪した赤脚大仙に対して「宴の前に別の場所で集まるよう変更された」と嘘をつく場面。赤脚大仙は思わず「怎么(ツェマ/zěn me)?!」と答えている。これは「なんだってぇ!?(そんな事はこれまで無かったぞ)」といったニュアンスだ。

 

「怎么(ツェマ/zěn me)」は現代中国語でも日常的に用いられている表現だ。赤脚大仙のように驚きを示す表現として用いられる他、「你怎么去学校?(あなたはどうやって学校に行きますか?)」といった方法を尋ねる際、「你怎么不高兴?(あなたはどうして不機嫌なのですか?)」といった理由を尋ねる際、「他怎么了?(彼はどうしたのですか?)」といった状況を尋ねる際などにも用いられる。

 

⑤迎接(インジエ/yíng jiē)

 

十万の天界軍で攻め込んでも、孫悟空に太刀打ち出来ず。玉帝が慌てふためいている所に、その打開策を有するという南海の観世音菩薩が到着したという報が入る。玉帝がこれを大いに喜んで「迎接(インジエ/yíng jiē)」と答えている。「(観世音菩薩を)迎えなさい」という意味だ。

 

これは朝廷言葉ではないが、何かとよく中国大河ドラマの中で聞く表現だと言える。現代中国語でも、「我们去机场迎接客人。(私たちは空港に行ってお客さんを迎えます。)」「我们正在迎接新年的到来。(私たちは新年の到来を迎えています。)」といった具合に、「迎える」「出迎える」という意味で広く使われている。

 

⑥二郎神

 

現代日本人は何だかラーメン屋みたいな名前だと思うかもしれないが、中華世界では非常に有名な神様だ。儒教道教、仏教の三教や古代の官府によって尊崇される存在であり、俗称としては二郎真君(にろうしんくん)、清源君(せいげんくん)、川主(せんしゅ)などがある。『西遊記』では画像の通り、二郎显圣真君(二郎顕聖真君)と評している。

 

二郎神は、俊雅な姿で黄色の衣をまとい、無限の力と広大な法術を持つ。八九玄功に通じ、額に三つ目の「神眼」を持っており、三尖両刃刀を使いこなす。その神職は多彩。水神、狩猟神、護国神、蹴鞠神、演劇神、子供の保護神、農耕神などを司っている。『水滸伝』の舞台となる宋代では二郎神を朝廷の祀典に加えており、神保観を修築して厚く供奉されている。

 

また『水滸伝』は阮兄弟の五男、阮小五(げんしょうご/ruǎn xiǎo wǔ)のあだ名が「短命二郎」と呼ばれている。これは彼が二郎真君のように強く、彼と敵対した人物は寿命が縮むという意図が反映されているものと思われる。そして、RPGアクションゲーム『黒神話:悟空』でも最初の戦闘で彼が登場する。孫悟空と二郎神の一騎打ちはかなり熱い。

 

※ドラマ版の二郎神と孫悟空の一騎打ちの一場面。奥にある小屋が孫悟空が変身したもの。「啊啊啊小房子太可爱了(うわあー小さな家が超カワイイ!)」というコメントもまた可愛い。

 

※二郎神と激闘を続けた孫悟空であったが、太上老君による「金剛琢(きんごうたく:鋼鉄を精錬し、還丹によって精錬された、霊性を帯びた武器)」の投擲攻撃と哮天犬の噛みつき攻撃によって、遂に生け捕りにされる。ドラマ版のこの戦闘場面は、わんちゃんの可愛さやテクノポップなBGMとも相まって味わいに溢れている。コメントも大いに盛り上がっている。

 

⑦参见陛下 众卿平身 谢陛下

 

この皇帝と臣下のやり取りも中国大河ドラマでよく目にする礼儀作法だ。これは皇帝に臣下が謁見した最初の段階で行われる。それぞれの表現の意味は次の通りとなる。

 

  1. 参见陛下(ツァンジエンビーシャー/cān jiàn bì xià)

「陛下にお目通りいたします」

臣下が皇帝に対して謁見を申し出る際の表現。

 

  1. 众卿平身(ゾンチンピンシェン/zhòng qīng píng shēn)

「皆、起きなさい」

これは、皇帝が臣下に対して、ひざまずいたり頭を下げている姿勢から立ち上がるように命じる言葉。

 

  1. 谢陛下(シェービーシャー/xiè bì xià)

「陛下、ありがとうございます」

これは、臣下が皇帝に感謝を示す際に使う言葉。

 

※今回の題材として用いたのは中国ドラマ『西游记(1986年製作)』の第三集。YouTube公式の公開リンクは以下の通り。

www.youtube.com

 

作品紹介

 

著作紹介("佑中字"名義作品)
呑気好亭 華南夢録

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