天朗気清、画戲鑑賞

三元論を基軸とした論理学探求の旅路へ

余談:『西遊記 1986』の興味深い中国語メモ23

※補足1:画像は正午阳光官方频道(正午陽光公式チャンネル)で公開されている中国大河ドラマ『清平乐 Serenade of Peaceful Joy(邦題:孤城閉 ~仁宗、その愛と大義)』より引用

※補足2:各単語のカッコ内に発音のカタカナ表記を記載するが、カタカナでは正確な中国語の発音を再現できない為、あくまでイメージとしての記載に留まる。

 

①爱妃、王儿(愛妃、王児)

玉華州では国王の孤王が悪夢にうなされる。その悪夢というのは、彼の妻や息子たちが仏僧に連れ去られてしまうという内容だ。相変わらず日本DVD版はここの場面をすべてカットしている。ここまで来てだいたい法則性が分かって来た。日本DVD版は導入場面をばっさりカットすることが多い。一応、それでも話は通じるのだが、導入場面がないと孫悟空たちが遭遇する困難の背景がよく分からなくなる。

 

愛妃(アイフェイ/ài fēi)というのは、皇帝や王が皇后や嬪妃(ひんき/pín fēi:側室)に対して用いる呼称。日本語の時代劇感覚でもっとも近いのは「愛しの君」といった具合だろうか。

 

王児(ワンアー/wáng ér)というのは字面から皇帝や王が息子たちを呼ぶ際に用いる表現であると思われるが、こちらは一般的な呼称ではないものと思われる。『西遊記』のオリジナルの呼称だろう。その状況で用いられる表現は「皇子」「太子」「領地の名前+王」「愛卿」「愛子」「某某郎(賢郎、幼郎など)」だ。今回の国王は息子たちを溺愛していると言えるぐらいなので、関係の距離が近い親しげな表現として「愛卿」「愛子」「某某郎」を用いるのが適切だと思われる。

 

②補足:嬪妃の階級について

※画像:百度百科「武宣卞皇后(曹魏武宣皇后)」より引用。彼女は魏武帝、つまり三国時代曹操の皇后である卞氏(べんし)。尚、画像の下に書かれている字幕は彼女の名前ではなく「干什么(何しているの?)」の繁体(古い中国漢字)。

 

この画像の字幕、幹什麼(干什么)がちょうど良い位置にあるので、まるで彼女の名前を表示しているかのようにも見える。名前が「している なにを」というのはあまりにおかしいが、中国語を知らない外国人が見ると勘違いをするかもしれない。

 

この状況で思い出したのが、私が過去10年で腸が捻じ曲がるんじゃないかというぐらい爆笑した出来事のひとつ。上海である会社に所属していた頃、日本人の同僚がプライベート旅行の航空券を現地スタッフに押し付けた結果、チケットの名前が「ONEGAI SHIMASU(おねがい します)」として登録されたということがあったのだ。その同僚が名前とパスポート番号を書いた紙のどこかに「お願いします」と書き、現地スタッフがそれを名前の読み方と勘違いしてローマ字化した?のかもしれない。また何が面白いって、それに三か月間も誰も気付くことなく、飛行機の搭乗直前となって「ローマ字名が違っているので搭乗できません」と拒否されたということ。自分で取るか旅行会社を通じて取れば良いのに、手間と手数料をケチって部下のスタッフに余計な雑務を押し付けるから、こういう珍事が起こるのだ。呆子め。(そのスタッフに悪意が無いと思うが、仮に悪意があったとしても干得好[グッジョブ]である。)

 

※大手SNSサービス「Wechat(微信)」のステッカー例。「干得好(ガンダーハオ/gàn dé hǎo)」は「良い仕事したな!」「グッジョブ!」の意味。2つ目の「干得漂亮(ガンダーピャオリャン/gàn dé piào liàng)」も同じように使える。干(gàn/ガン)は「する、行う」、漂亮(ピャオリャン/piào liàng)は「美しい、素敵」といった意味がある。

 

話が逸れた。皇帝や王の妻や妾を意味する嬪妃(ひんき/pín fēi)には、時代により様々な階級制度があった。これは日本の江戸時代における大奥のようなものと同じ。後宮にいる女性たちの中には序列が存在していた。たとえば、先ほどの卞氏(王后)がいた三国時代曹操は次のような序列を設けていた。

 

<王后以下の嬪妃の序列>

  1. 夫人(ふじん):最も高い位を持つ側室で、王后に次ぐ立場。「夫人」という称号は尊敬される地位を示し、宮中でも重要な役割を担っていた。
  2. 昭儀(しょうぎ):昭儀は夫人の次に高い位で、宮廷内で非常に高い尊敬を受ける存在であった。
  3. 倢伃(けつよ):倢伃は中位の側室に与えられる称号で、宮廷内での中間管理職のような立ち回りで運営の務めを果たしていた。
  4. 容華(ようか):容華は倢伃の下に位置する側室の称号で、美しさや教養を持つ女性に与えられた。ただし、嬪妃としての地位は低い。
  5. 美人(びじん):最も低い位の嬪妃の称号であるが、若くて美貌に優れた女性が多い地位であり、格が低くても王の寵愛を受けることがあった。

 

美人の位にある嬪妃を寵愛した例としては、北宋王朝の時代における皇帝の仁宗もそうだ。彼は若い頃に張美人を特に気に入っていて(仁宗の大河ドラマ『孤城閉~仁宗、その愛と大義~』の中盤から登場する張妼晗[ちょうひつかん/zhāng bì hán]とは別人)、彼女を皇后にしたいと考えていた。しかし、最終的には太后の劉娥(りゅうが/liú é)によって、もうひとりの候補者である郭氏が皇后に収まった。しかし、仁宗は自分勝手で嫉妬深い郭氏と上手く付き合うことが出来ず、後に彼女を廃后(離婚)とした。

 

その宋王朝時代の嬪妃の序列は、唐時代の嬪妃序列制度(玄宗による改革後の制度)が採用されている。こちらもメモをしておこう。

 

宋王朝時代の嬪妃の序列>

  1. **三夫人(正一品)**

   - 惠妃、麗妃、華妃

  1. **六儀(正二品)**

   - 淑儀、德儀、賢儀、順儀、婉儀、芳儀

  1. **美人(正三品)**(4名)
  2. **才人(正四品)**(7名)
  3. **尚宮、尚儀、尚服(正五品)**(各2名)

 

※「品」というのは階級を示し、数が少ないほど権力が強く階級が高い。上述の嬪妃の他で後宮に属する管理職や職業者の女官たちは、六品から九品の範囲で任命がなされた。

 

③即视感(ジーシーガン/jíshìgǎn)

仏僧が自分の愛する人々を襲う悪夢を見た孤王は、「三日以内に玉華州にいる仏僧たちを全て捕らえて処罰を与える」という戒厳令を発動した。暴君極まれり。もちろん、ここまで西遊記の旅を孫悟空たちと共に追ってきた視聴者は「どこかで同じような展開を観たぞ」となる。特に似ているのは車遅国(3名の道士が国を牛耳って、仏僧たちを酷使していた国)の展開だ。この後の展開も、車遅国とプロットの構造がよく似ている。

 

この場面でビリビリユーザーのコメントに見受けられる表現が「即视感(ジーシーガン/jíshìgǎn)」。これは日本語の「既視感(デジャヴ)」が中国に輸出された結果、ネットユーザーを中心としてスラングとして定着した表現。古代から中世にかけて、表現分野の論理学はほとんど中国から日本への一方通行の輸出であったが、近代以降は日本から中国に輸出される事例も多くなった。これはそうしたある種の"逆輸入"現象のひとつである。

 

歴史を追うと、この「表現の逆輸入現象」が始まったのは特に19世紀から。明治維新後の日本が一気に脱亜吸洋(論理・技術・社会分野における中国から欧米への転換)をし、この流れで当時の日本人の学者たちが西洋の概念を次々に日本語化していった。この時点で中国(清王朝)は世界的な西洋化の流れから取り残された状態にあったので、そうした西洋的な造語を自国で生産せず、日本から輸入する措置を講じた。結果、これが「和制汉语(和声漢語)」となり、現代中国語へと定着していった。

 

和声漢語として有名なものでは、「電気」「野球」「哲学」「文化」「経済」「健康」「科学」「美術」「市場」「国際」「神経」「主観」「幹部」「機構」「前提」「客観」「常識」「悲劇」「義務」「演説」「普通」「広告」「目的」「幸福」「時間」といったものがある。

 

インターネットの普及以後、特にここ十数年では先ほどのようにインターネットのスラング(俚语)として日本語がビシバシ登用される事例も多い。たとえば、ビリビリのコメントなどを見ていると、中国語の「的(~の/英語「of」の意)」が日本語の「の」に変換されていることが多い。ちょっとした遊び心だ。日本語で幼稚で尖った思春期特有の精神状態を揶揄する「中二病(中学2年生のような病んだ気配)」も、その字面のまま中国語のスラングとして定着している。その他、少々古めだが「萌萌达(萌え)」「宅男(オタク)」「草食男/肉食女」といったものもある。

 

※大手SNSサービス「Wechat(微信)」で使われている「可爱(クーアイ/kě ài:クーアイ)」のステッカー例。日本女子が使いまくっていることで欧米諸国に定着した「カワイイ」というスラング語であるが、これは中国由来の表現なのか、それとも日本と中国がそれぞれ同時多発的にたまたま類似した表現を生み出したのか、その経緯がはっきりとしない。中国では古代の『尚书(書経)』に収録された散文に「可爱非君,可畏非民」という文章が既に掲載されている。これは今から二千五百年以上も前の文献だ。日本では十二世紀前半の平安時代に生まれた「かわはゆし(顔映ゆし:恥ずかしい)」が、江戸時代になって「かわいい」として頻繁に用いられるようになったという考えが示されている。

 

※仏僧の取り締まりがなされていることから、変装をして潜入しようということになった孫悟空たち。孫悟空が拝借してきた服を着る面々。玄奘が被った帽子があまりにも珍妙であった為、「似合わねえっすよ、師父!」と言いながら和気あいあいと笑い合っている。可爱啊(カワイイなぁ)~

 

④倌(グアン/guān)

自分たちが仏僧とその弟子たちであるとばれないように、孫悟空がお互いに別の呼び名を決めておこうぜと提案。結果、彼らは次の名前を設け合った。

 

- 玄奘:唐大倌

- 孫悟空:孫二倌

- 猪八戒:猪三倌

- 沙悟浄:沙四倌

 

倌(グアン/guān)というのは労働者に用いる呼び名。馬倌(mǎ guān:馬飼い)、船倌(chuán guān:船頭)といった表現が可能だ。孫悟空たちは馬を売りに来た商隊という設定で国に入ろうと示し合わせた。ちなみに、この場面では「白龙马:叫我龙五!(白龍馬:そんなら俺は龍五だ!)「白龙马:我叫白大倌(白龍馬:私は白大倌だ)」など、ひとり(一頭)忘れ去られている白龍馬に対するビリビリユーザーの大喜利コメントが花咲いている。

 

⑤知过必改(ツィーグオビーガイ/zhī guò bì gǎi)

孫悟空たちは偵察隊に見つかりそうになったものの、家具などに隠れてやり過ごした。そして、孫悟空は夜に孤王や皇后、重臣たちをすべて仏僧たちのように丸坊主にするという仕返しを実行。この大騒動によって頭と同じように心もすっかり丸くなってしまった孤王たち。玄奘たちから事情を聞き、狐王はとても素直に「狐王知过必改(フーワン ツィーグオビーガイ/hú wáng zhī guò bì gǎi:狐王は過ちを知って必ず改める所存です)」と言った。

 

過ちを認めない、それすなわち過ちである(過而不改、是謂過矣)。孔子の言葉の通り、過ちを犯す者が問題なのではなく、過ちを認められない者に問題がある。今回の孤王は確かに悪い政策を出してしまったが、このように状況を冷静に理解してすぐに謝罪し、自らの過ちを改善できる者は君子であると言える。

 

この「知过必改(ツィーグオビーガイ/zhī guò bì gǎi)」も孔子に由来する成語だ。出典は《論語・子罕》で、ここに“过则勿惮改(過ちを犯したならば、改めることを躊躇してはいけない"と書かれている。また、南朝梁の周兴嗣による《千字文》に、“知过必改,得能莫忘。(自らの誤りに気づいたら躊躇わずに修正するべきであり、能力を得たのならそれを手放してはならない)”とある。

 

このあと、すっかり打ち解けた孤王と玄奘たち。孤王の提案で、三人の太子たちが孫悟空猪八戒沙悟浄にそれぞれ武芸の手ほどきを受けることになった。初めて弟子たちを取った孫悟空たちは嬉しそう。「得能莫忘(能力を得たのなら、それを忘れてはならない)」という言葉の通り、この三名はすぐ後で孫悟空たちに習った武芸で妖怪を退治することになる――という展開であれば新しい流れであったが、今回も"既視感ありあり"の結末へと向かう。

 

⑥太乙救苦天尊(たいおつきゅうくてんそん/tài yǐ jiù kǔ tiān zūn)

 

孫悟空たちによる武芸指導の後、孫悟空たちの武器が豹頭山の精妖、黄獅精によって盗まれるという事件が発生。苦戦を強いられた孫悟空は、いったん九灵元聖の助けを求めに天宮へ移動。そこで、孫悟空は黄獅精が太乙救苦天尊の乗り物であることを把握。太乙救苦天尊は「そんなバカなことがあるか、私の乗り物の獅子はちゃんと鎖につないで童子が見張っているぞ」と怒るのだが、現場に行ってみると酒に酔っぱらっている童子と切れた鎖があるのみ。というわけで、「知过必改(ツィーグオビーガイ/zhī guò bì gǎi)」。太乙救苦天尊は孫悟空に詫びつつ、下界で悪さをしちている黄獅精を成敗して天宮へと連れ戻したのだった。

 

太乙救苦天尊(たいおつきゅうくてんそん/tài yǐ jiù kǔ tiān zūn)は、東極青華大帝、青玄九陽上帝とも評される道教の神仙。南極長生大帝と共に、玉皇大帝の左右の侍者として仕える人物だ。彼が担当する地域は青華長楽界(東方極楽の境地)であり、そこにある東極妙厳宮を拠点としている。彼は苦しみによって下界に縛られている亡魂を往生へと導くことができる能力を有する。また積徳行善し、道理を理解し、玄妙な教えに通じて功徳を積み重ねた者に対して、九頭の獅子が牽引する仙車に乗り、無数の宝物の光を放ちながら、その者を天に引き上げて仙人にするという仕事も行っている。今回の獅子はその九頭のうちの一頭であると考えられる。

 

※今回の題材としたのは中国ドラマ『西游记(1986年製作)』の第二十三集。YouTube公式の公開リンクは次の通り。

www.youtube.com

 

作品紹介

 

著作紹介("佑中字"名義作品)
呑気好亭 華南夢録

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