天朗気清、画戲鑑賞

三元論を基軸とした論理学探求の旅路へ

【機胡録(水滸伝+α)制作メモ 082】安道全

安道全

※補足1:生成画像は全てDALL-E(Ver.4o)を利用している。

※補足2:メモ情報は百度百科及び中国の関連文献等を整理したものである。

※補足3:主要な固有名詞は日本訓読みと中国拼音を各箇所に当てている。

 

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水滸伝水滸伝/shuǐ hǔ zhuàn)』の概要とあらすじ:中国の明王朝の時代に編纂された、宋王朝の時代を題材とした歴史エンターテイメント物語。政治腐敗によって疲弊した社会の中で、様々な才能・良識・美徳を有する英傑たちが数奇な運命に導かれながら続々と梁山泊(りょうざんぱく/liáng shān bó:山東省西部)に結集。この集団が各地の勢力と対峙しながら、やがて宋江(そうこう/sòng jiāng)を指導者とした108名の頭目を主軸とする数万人規模の勢力へと成長。宋王朝との衝突後に招安(しょうあん/zhāo ān:罪の帳消しと王朝軍への帰属)を受けた後、国内の反乱分子や国外の異民族の制圧に繰り出す。『水滸伝』は一種の悲劇性を帯びた物語として幕を閉じる。物語が爆発的な人気を博した事から、別の作者による様々な続編も製作された。例えば、『水滸後伝(すいここうでん/shuǐ hǔ hòu zhuàn)』は梁山泊軍の生存者に焦点を当てた快刀乱麻の活劇を、『蕩寇志(とうこうし/dàng kòu zhì)』は朝廷側に焦点を当てた梁山泊軍壊滅の悲劇を描いた。

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安道全(あんどうぜん/ān dào quán)

 

<三元論に基づく個性判定>

37番 **弱い生存欲求**、**強い知的欲求**、**とても強い存在欲求** - **「協力的な思考者」** - 知識を共有し、他者と協力して目標を達成することに喜びを見出す。

 

<概要>

安道全(あんどうぜん/ān dào quán)、あだ名は「神医」。その名前の通り医術に特化した人物。建康府の出身。宋江(そうこう/sòng jiāng)が感染症を患って生死を彷徨った際に張順(ちょうじゅん/zhāng shùn)が彼の存在を思い出して、現地へ繰り出して梁山泊勢力に加わるように説得。安道全(あんどうぜん/ān dào quán)は宋江梁山泊勢力の名声を聞いていた為に協力をしたい意向を示しつつも、愛人である李巧奴(りこうど/lǐ qiǎo nú)にここをしばらく離れて良いか聞きたいと申し出る。一刻を争う張順(ちょうじゅん/zhāng shùn)はこれを聞いて苛々しながらも返事を待ったが、夜に李巧奴(りこうど/lǐ qiǎo nú)のもとへ行ったきり安道全が帰って来ない。しびれを切らして現地へ向かうと、そこに李巧奴(りこうど/lǐ qiǎo nú)と別の男性がちちくりあい、その側で安道全が泥酔して床に転がっている光景に遭遇。李巧奴(りこうど/lǐ qiǎo nú)から安道全という太客を手放したくないと高飛車に言われた事から、張順(ちょうじゅん/zhāng shùn)は義憤のあまりに彼女を殺害。殺害後、張順(ちょうじゅん/zhāng shùn)は壁に「殺人者、安道全なり」と書いた後、安道全を無理やり外に引き立てて彼を起こし、「さぁ、裁判を受けるか、梁山泊に落草するか、どちらかにしろ」と迫った。これはもう仕方が無いという事で安道全は梁山泊勢力に合流。見事に宋江の難病を治療し、百八人の英傑たちが集結した大聚義(だいしゅうぎ/dà jù yì)の際は序列第56位に定まり、「諸疾病治療内科外科医員管理」に任命された。その後も医師として大活躍し、傷病者たちを次々に治癒するまさに神業を披露。しかし、もっとも彼の存在が必要であった最終戦の方臘(ほうろう/fāng là)の征伐戦直前、皇帝の徽宗(きそう/huī zōng)の勅命によって宮中の専門医となり戦線を離脱。結果、梁山泊勢力の英傑たちはこの激戦で傷病や疫病によって次々と殉死者が発生。その全てが安道全(あんどうぜん/ān dào quán)不在の影響でないにせよ、食い止められたはずの絶命も見逃す結果となった。一方の安道全(あんどうぜん/ān dào quán)は朝廷の太医院に所属する皇帝直属の医師として重宝され、自身最高潮と言えるキャリアを獲得。その後の伝承などによれば、『水滸伝』後の歴史展開によって北宋王朝が金王朝に侵攻されて破滅した際も運良く難を逃れ、南方へ逃げた皇族や重臣たちと共に南宋王朝で活躍をしたという。

 

<物語中では珍しい好色の英傑>

水滸伝』には王英(おうえい/wáng yīng)のように飛び抜けた女好きや、一通りの女遊びに通じている燕青(えんせい/yàn qīng)のような伊達者もいるが、基本的に多くの英傑たちは「饥食渴飲,男欢女爱(腹が減れば食べ、喉が渇けば飲み、男は女を愛し、女は男を愛する)」といった本能的な欲求に節度を持って接するべしという儒学的な倫理観を持っている。先ほどの王英(おうえい/wáng yīng)や燕青(えんせい/yàn qīng)でさえ、実在の歴代皇帝のように女に溺れて本懐を失い自滅するような出来事を起こしてしない。しかし、唯一としてこの「神の医師」だけは非常に人間臭く、登場した瞬間から「贪图女色(貪欲に性的な快楽を追求する)」をやってのけた。まるで日本の野口英世である。

 

ただ、野口英世と同じように、学者としての腕は超一流で、やる時はやる。張順(ちょうじゅん/zhāng shùn)の強引なスカウトは秦明(しんめい/qín míng)の時と同じような非倫理的な手段に他ならないはずだが、梁山泊に合流した後の彼は目の前の患者と病気だけを見て、ただそれを治す事だけに集中している。「過去を変えることはできないし、変えようとも思わない。なぜなら人生で変えることができるのは、自分と未来だけだからだ。」「一番肝心なのは諦めないということだ。」「自分のやりたいことを一所懸命にやり、それで人を助けることができれば幸せだ。」といった野口の格言が、なぜか安道全(あんどうぜん/ān dào quán)の姿からも聞こえて来るような気がする。彼は生粋の医学職人なのである。好色が彼の大きな欠点であるにしても、それを補って余りある程の才覚と良識が彼には存在すると言える。

 

<こぼれ話:彼は思いがけない人も治療している>

水滸伝』からの次元から飛び出して、別の伝奇小説である『説岳全伝(南朝王朝時代に活躍した猛将・岳飛の物語)』にも、安道全(あんどうぜん/ān dào quán)が再登場をしている。

 

この『説岳全伝』の第37回では、北宋王朝が金王朝の侵略によって滅亡し、その悲劇から逃れた康王らが牛頭山までたどり着いた場面が描かれている。ここで康王らは官霊廟で岳飛(がくひ/Yuè Fēi)と合流。康王は慌ただしい逃亡体力を消耗しており、心身が衰弱している状況であった。岳飛はすぐに康王を玉虚宮に案内して休むよう伝えた後、別の薬王殿で静養していた梁山泊の神医を呼んで、康王を診て貰うようにお願いをした。その神医が安道全(あんどうぜん/ān dào quán)だった。

 

それぞれ作者が異なるまったく別の作品なので、現代風に言えば漫画『ブラック・ジャック』の天才医師ブラック・ジャックが、漫画『鬼滅の刃』の竈門炭治郎の怪我を治療したといった具合になるだろう。その異次元スターシステムは、現代では著作権や契約規約の関係でなかなか成し得ない愉快な展開だ。

 

<死刑囚の刺青除去技術も持っていた>

宋江(そうこう/sòng jiāng)や林冲(りんちゅう/lín chōng)を始めとして、梁山泊の英傑たちの中には腐敗役人によって無実の罪で死刑を言い渡され、顔に死刑囚の刻印として刺青(金印)が掘られた者が複数名いる。言うまでもなく、これは非常に不名誉な事であり、かつ無実ゆえにあまりに理不尽である。安道全(あんどうぜん/ān dào quán)はこの刺青を除去する技術を持っていた。この整容技術が用いられた場面は明確には描かれていないが、招安後、英傑たちの罪に対して朝廷から恩赦が出された後は、彼によってこの金印はすべて除去されたのではないだろうか。

 

さて、実際の中華世界の歴史上において、その刺青除去(清除纹身)の技術は具体的にどのようなものがあっただろうか。現代社会では刺青除去にレーザー技術が用いられる事が多いが、当然ながら宋王朝時代には存在しない。文献を通じて考察してみると、当時存在したのは「研磨法」「化学法」「熱灼法」「切除法」であったと考えられる。

 

「研磨法」は中華世界でも最も古い刺青除去方法の一つだ。それが確認できるのは紀元前543年まで遡る事が出来る。この方法は塩溶液を刺青のある皮膚の表層に施し、研磨工具を使って刺青の図案を削り取るというもの。想像するだけで痛い。治療中に組織が破壊され、出血を引き起こす可能性があった。また副作用として、皮膚の赤み、腫れ、色素変化、瘢痕形成などが起きる事もあったらしい。

 

「化学法」は特殊な化学溶液を使用して皮膚の表層を焼灼して刺青を除去する方法。こちらも尋常ではない痛みを伴い、瘢痕、感染、色素沈着を引き起こす可能性がある。

 

「熱灼法」は、火、熱い炭、タバコなどを使用して不要な刺青を除去する古い方法だ。この方法も古くから用いられ、近年では1979年まで使用されていた記録が残っているらしい。その後は赤外線凝固(赤外線放射)の技術に替わっている。赤外線凝固は特定のパルスの赤外線光を使用して刺青のインク顔料を攻撃し、熱損傷を敢えて引き起こして顔料を消滅させる仕組みだという。

 

「切除法」は、外科手術によって刺青を除去する方法。小さな刺青の図案を一度の治療で完全に除去する事が出来る。しかし、この方法は瘢痕を残す可能性があるので、より綺麗に刺青を除去する為には複数回の手術や皮膚移植が必要になる事がある。

 

※ちなみに、原作において明確に囚人の刺青を除去した描写があったのは宋江(そうこう/sòng jiāng)のみ。林冲(りんちゅう/lín chōng)、楊志(ようし/yáng zhì)、武松(ぶしょう/wǔ sōng)、朱仝(しゅどう/zhū tóng)といった名だたる英傑たちは除去をしたという描写がない。北宋王朝の初期に活躍した楊家将(ようかしょう/yáng jiā jiāng:武人として有名な楊一族)には自ら"顔面タトゥー"を施した者もいる。そう考えると、むしろ彼らは敢えて刺青を残しておいたという可能性も考えられる。当時はそれが一種の優位性を示すファッションとして認識されており、部下や相手を良い意味で畏怖させる効果があったかもしれない。

 

<紛れもなくキャリアも結末も幸運のもの>

名医としては知られていたが、梁山泊に合流する前は単なる白丁(平民)であった安道全(あんどうぜん/ān dào quán)。言うなれば、地元のキャバクラ女に入れ込んでいた、単なる医学好きの中年親父である。そのキャリアとしては全く冴えない彼が、宣和元年12月頃に宋江の病を治療して梁山泊に合流し、四年半の経験を経て朝廷に呼ばれた瞬間、彼は北宋王朝の衛生部門の高官に昇進するという快挙を成し遂げてしまった。彼の肩書きである「太医院の金紫医官」は翰林医官以上の地位であると言われている。結末も上述の通り充実と安定を兼ね備えたものであり、これは『水滸伝』の世界では非常に珍しい事象だと言える。

 

彼以外にも、朝廷の勅命によって梁山泊共同体から途中で離脱をした英傑たちがいる。それが皇甫端(こうほたん/huáng fǔ duān)、金大堅(きんだいけん/jīn dà jiān)、蕭讓(しょうじょう/xiāo ràng)、楽和(がくわ/lè hé)だ。彼らはそれぞれ特異性が高く、朝廷から必要とされる技能を有していた。

 

楽和(がくわ/lè hé)は以前の記事でも取り上げた通り、歌と笛の名手。名前にもどことなく「音楽を和する」といった印象がある。徽宗(きそう/huī zōng)は風流人であるから彼の才能を特別なものと感じ、また後宮の妃たちを楽しませるという目的もあって朝廷に引き込んだものと考えられる。馬の扱いに長けた皇甫端(こうほたん/huáng fǔ duān)、彫刻家の金大堅(きんだいけん/jīn dà jiān)、筆の名手である蕭讓(しょうじょう/xiāo ràng)も、それぞれ朝廷に必要な人材であった。ただし、これらの四名の役職は低く、楽和(がくわ/lè hé)に至っては奴隷的な身分(必要に応じて民間から徴用された者)とそれほど大差が無かったと言われている。安道全(あんどうぜん/ān dào quán)は別格の待遇を受けたと言えるらしい。

 

<三元論に基づく特殊技能>

#### 起死回生(具術)

**説明**: 安道全は、漢方、鍼、食などの極めて専門的な医学知識と道具を用いて、心身の不調の治療成功率を高める能力「漢方療法」を持っている。この具術は、彼の深い医学知識と経験に基づき、効果的な治療を行う力を発揮する。

- **効果**:

  - **道具性(とても濃い)**: この具術は、漢方薬、鍼、食事療法などの道具に強く依存する。

  - **思考性(中程度)**: 効果的に治療を行うためには、高い技術と知識が必要。

  - **関係性(中程度)**: 安道全の具術は、患者との信頼関係を強化し、治療効果を高める。

 

#### 妙手神医(心術)

**説明**: 安道全は、比類のない実用的な知識と経験則に基づいて、相手の心身の不調原因とその治療術を的確に判別できる能力「比類のない診断力」を持っている。この心術は、彼の高い診断力と洞察力に基づき、迅速かつ正確な治療を行う力を発揮する。

- **効果**:

  - **道具性(なし)**: この心術は、道具に依存せず、安道全の精神的な力と診断力に基づく。

  - **思考性(とても濃い)**: 効果的に診断を行うためには、高い知識と洞察力が必要。

  - **関係性(中程度)**: 安道全の心術は、患者との信頼関係を強化し、治療の成功率を高める。

 

#### 具体的な使用例:

  1. **専門的な治療**: 安道全は、漢方薬や鍼、食事療法を用いて、患者の心身の不調を効果的に治療する。
  2. **正確な診断**: 安道全は、患者の症状を迅速かつ正確に診断し、最適な治療法を提供する。

 

※画像:DALL-E

 

作品紹介

 

著作紹介("佑中字"名義作品)
呑気好亭 華南夢録

呑気好亭 華南夢録

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